家族の死は遺族の皆様にとってこの上ない悲しみがあります。
人は誰でも死を迎えます。
遺族の皆に見守られながら亡くなられる方、一人で亡くなられる方、突然の事故で亡くなられる方、皆それぞれの死があります。
人は「死んだら終わり」と想いがちですが、生きている人に心があるように、亡くなられた人にも魂(心)があり、肉体は消滅しても魂は生き続けているのです。
「死んだら終わり」ではなく、人が死ぬということは、新しい生命に生まれ変わることなのです。
(新生) 何回も何回も何回も産まれ変わりを繰り返し、今があるのです。
また「生と死」は裏表であり、生は喜びを感じ、死は悲しさを感じます。
赤ん坊の誕生には、お産婆さんの手を借りて「いまかいまか」と皆で喜びと共に待ち望んでいます。
死に対しては悲しみの中、修行を積んだ僧侶の手を借りて、一つ一つ順序をたてて儀式を行い、故人様への感謝を持って霊界に送りだしていきます。
このように生まれては死を繰り返す(輪廻転生)が繰り返し行われ生命のバトンを繋げていくのです。
どちらも人の手を借り、心をかけていくことが成長していくために必要なことなのです。
しかし最近では葬儀の簡略化が進み、家族葬や葬儀を行わず、ただ火葬をして埋葬する直葬が増えています。
身よりがなく、引き取り手がない孤独死など、またコロナ禍の中ではしかたのないことかもしれませんが、本当にこれで故人様を弔うといえるでしょうか?
今世、精一杯生きてきた故人様との別れの場がなくても良いのでしょうか?
葬儀は故人様の来世への出発の儀式です。
そしてそれは、残されたものの務めなのです。
